pj-sinの日記 3rd season

jazzとfusionとrockを愛してやみません

オトコのペーソスを書かせたらこの人

「そのうちに私はそんな遠い學校へ毎日あるいてかよつたお陰で、からだも太つて來た。額の邊にあはつぶのやうな小さい吹出物がでてきた。之も恥かしく思つた。私はそれへ寶丹膏はうたんかうといふ藥を眞赤に塗つた。長兄はそのとし結婚して、祝言の晩に私と弟とはその新しい嫂の部屋へ忍んで行つたが、嫂は部屋の入口を脊にして坐つて髮を結はせてゐた。私は鏡に映つた花嫁のほのじろい笑顏をちらと見るなり、弟をひきずつて逃げ歸つた。そして私は、たいしたもんでねえでば! と力こめて強がりを言つた。藥で赤い私の額のためによけい氣もひけて、尚のことこんな反撥をしたのであつた。」

 

DO-TE-感丸出しっす。このあとで弟が兄を心配して寶丹膏を買ってきてくれるという描写があるのですが、そういうのも、ねえ・・・(ジワリます)。

 

「秋のはじめの或る月のない夜に、私たちは港の棧橋へ出て、海峽を渡つてくるいい風にはたはたと吹かれながら赤い絲について話合つた。それはいつか學校の國語の教師が授業中に生徒へ語つて聞かせたことであつて、私たちの右足の小指に眼に見えぬ赤い絲がむすばれてゐて、それがするすると長く伸びて一方の端がきつと或る女の子のおなじ足指にむすびつけられてゐるのである、ふたりがどんなに離れてゐてもその絲は切れない、どんなに近づいても、たとひ往來で逢つても、その絲はこんぐらかることがない、さうして私たちはその女の子を嫁にもらふことにきまつてゐるのである。私はこの話をはじめて聞いたときには、かなり興奮して、うちへ歸つてからもすぐ弟に物語つてやつたほどであつた。私たちはその夜も、波の音や、かもめの聲に耳傾けつつ、その話をした。お前のワイフは今ごろどうしてるべなあ、と弟に聞いたら、弟は棧橋のらんかんを二三度兩手でゆりうごかしてから、庭あるいてる、ときまり惡げに言つた。大きい庭下駄をはいて、團扇をもつて、月見草を眺めてゐる少女は、いかにも弟と似つかはしく思はれた。私のを語る番であつたが、私は眞暗い海に眼をやつたまま、赤い帶しめての、とだけ言つて口を噤んだ。海峽を渡つて來る連絡船が、大きい宿屋みたいにたくさんの部屋部屋へ黄色いあかりをともして、ゆらゆらと水平線から浮んで出た。」

 

不器用な弟の見事な表現です。庭下駄・團扇~月見草のくだりなどの弟の嫁の想像など近代文学史に残る表現かと(?)。

 

太宰治の『思い出』からです。『黄村先生』シリーズも年配男性のやらかしぶりにプックク・トホホからのハラ痛え~とまあなりますがこの人そういうの得意です(本当は)。うーむ、抑えた口調ながらも状況が的確に分かる筆力、冷淡であるように思われるほどクールに描写しているのに何らかの(何だ?)愛情も感じられますな。

 

ま、ここはもうあきらめてペーソスにどっぷり漬かっちゃいましょう~

 

次世代のトップランナーのお一人、ラッセル・マローンに癒されて。無理がなく(っていうかやってる内容はかなり難しい。それを感じさせないまでのスキル。素晴らしい!)美しい。

 

『You needed me - Russel Malone (Transcription)』

 https://www.youtube.com/watch?v=rLpmlXNnWaI