pj-sinの日記 3rd season

jazzとfusionとrockを愛してやみません

宗教の力

ま、昨日の今日ですからね。。。話題も厳選して。。。

 

母校は県下でも有名なヤ〇キー中学で他校からはそれと知られたまあワル学校だった訳です。とはいえ内部的にはそう思ったことはほとんどなく、高校進学した折にそれこそ他校の子がオドオド話しかけてくるのがおかしかったくらいで。「笑うのがなんか怖かった」と言われたことがあります。どゆこと!?

ま、ですが確かに外見素行的には確かに鼻つまみになっても仕方ないかな~なところはありまして。

中学校の修学旅行は北九州でした。山並みハイウエーの新緑など目に痛いほどの美しさでしたね。今でも覚えてます。大きな牛が放牧されてて牧歌的です。あと長崎チャンポンも美味しかった。自分の地元は麺料理の有名なところですが、それだけに長崎チャンポンみたいなものが相容れないこととなってしまうため、こういう料理あるんだなーとカルチャーショックの洗礼を受けた形。長崎はいいところ~海もキレイだった!また行ってみたいといつも思っております。

もちろん原爆関係のところも訪れその悲惨さにビックリするのですが、そこはそれ、普段からワルで売ってる(売るな!)学校ですからそういうところでさえ、ズレる・クダける・ハジけるの3段活用、悲しいかな普段の行いがモノを言ってしまいますな。

 

ところが・・・

 

その流れで、地元隠れキリシタンのメッカ、大浦天主堂浦上天主堂(のどちらか。すみません!肝心なところ忘れました)に行ったんです。真面目な神父さんがワル達に対峙出来るのか?などとチラっとは思うものもあえて進言もせず(怖いから)、バスを降り私語全開のガム噛みまくりの絵に描いたようなヤンキースタイルで教会に入ったとたん・・・

 

ピッタリと私語が止みました。

 

何をされた訳でもありません。その教会内の空気の温度・暗さ・静粛・荘厳、すべてがそういうものを許さない厳しい雰囲気にありました。そこで神父さんのお話があってそこを出るまでほとんどしゃべったヤツはいなかったのではないか?だから教会を出た時のハジけっぷりは半端なかった訳ですが・・・。

 

何なんでしょうか?自分の心の中心にその雰囲気が何かを問いかけてくるといった状況だったと記憶しています。これはキリスト教でなくて仏教でもそれを感じさせられます。以前京都の本山と言われるようなお寺のとんでもなく広い、それこそ何十(百?)畳も畳の敷いているような本堂に一人で入ったことがあるんですが、心を鷲掴みにされるような荘厳な雰囲気を感じたことがあります。とてつもない畏怖を感じました。

その気持ちを思い出すのは恐い気持ちもするんですが、忘れずにいなければ、とも今でも思います。

 

神様、仏様、見ています。

真面目にしとかなきゃな。

 

 

 

 

 

 

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